買春側の「勧誘処罰」だけでは、女性たちの現実は変わらない

8月24日、売春防止法の見直しを検討してきた法務省の有識者検討会が、報告書案を取りまとめました。翌日の新聞各紙を見ると、「買春側の勧誘行為を処罰」「売春『買う側』も処罰」「売春『買う側の勧誘処罰』」などと、見直しを前進と捉えるような見出しが並びました。しかし、それで女性たちの現実は変わるのでしょうか。
仁藤夢乃 2026.08.26
誰でも

これまで、路上で客待ちをする女性たちばかりが警察に摘発され、買う側はほとんど問われてこなかったことを考えれば、買春する側の行為を処罰の対象として検討することが明記されたのは、前進とはいえるでしょう。

しかし、今回示されたのは、「性を買う行為そのもの」を処罰するという方向ではありません。 検討されているのは、買春する側が路上などで相手を探して声をかける「勧誘行為」を処罰の対象とすることです。

女性を金銭で性的に利用すること自体をどう捉えるのか、買春という行為そのものの責任をどう問うのかというところまで踏み込んだものではありません。

さらに、報告書案では、売る側の女性を処罰する現在の規定も残す方向が示されています。

このままでは女性たちの現実は何も変わりません。

路上に立つ女性たちは、これからも「犯罪をした人」として警察に追われ、逮捕される可能性があります。

なぜ、このような結論になるのでしょうか。

検討会で中心になっているのは、売られる人の人権や尊厳がどう侵害されているのか、性売買によって誰がどのような被害を受けているのかという問題ではありません。

路上での客待ちや声かけによって「街の景観が悪くなる」「通行人や住民の迷惑になる」といった公衆迷惑性や、社会の風紀・道徳をどう守るかという問題として議論が進められてきました。

だからこそ、「性を買うこと」そのものではなく、路上で目に見える「勧誘」が問題になります。そして、路上で客待ちをする女性についても、そこに至った背景や性売買のなかで置かれている立場ではなく、「街頭で迷惑行為をしている人」として捉えられ、処罰を残すという結論になってしまいます。

性売買の問題を「街からどうなくすか」という視点だけで考えれば、女性たちを路上から見えなくすることはできても、性売買そのものがなくなるわけではありません。

路上から性風俗店へ移るだけであり、それは性売買業者の利益になります。

問うべきなのは、どうすれば性売買が街から見えなくなるかではなく、なぜ女性たちが性を売らなければ生活できない状況に置かれているのか、なぜそれを買う人がいるのか、そして誰がそこから利益を得ているのかということです。

今回の議論で大きく欠けているのが、性売買から離れたい人が実際に離れられるための「脱性売買支援」をどう保障するのかという議論です。

住まいがなければ、仕事がなければ、借金があれば、家族や交際相手、性風俗業者などから暴力や支配を受けていれば、「やめてもいい」と言われただけで性売買から離れることはできません。性売買をしなくても生活できる条件をどうつくるのか。それこそが制度を考えるうえで中心に置かれるべきです。

検討会では、売る側への処罰をなくすことについて、「処罰することで警察が関わり、支援につなぐことができる」という考え方も示されてきました。

支援につなぐために、まず犯罪者として扱う必要がどこにあるのでしょうか。

逮捕や取調べ、被疑者として扱われることを「支援への入口」にするのではなく、困難を抱える女性が処罰されることなく、自分の意思で必要な支援につながれる仕組みをつくるべきです。

そもそも「支援につなぐ」ことと、性売買から離れられる条件を社会が保障することは同じではありません。

相談窓口を紹介するだけでは、住まいも収入も人間関係も変わらない。性売買をしなくても生きていける具体的な選択肢がなければ、性売買に戻らざるを得ません。

必要なのは、処罰を入口とした「支援」ではなく、本人の意思と権利を中心に据えた、実効性のある脱性売買支援です。

買う側も処罰することにしたから、売る側も処罰したままでよい、という話ではありません。

性売買のなかで、売る側と買う側は対等な立場にはありません。問われなければならないのは、誰が女性たちを性売買へと追い込み、誰がその性を買い、誰がそこから利益を得ているのか。そして、なぜ女性たちには「売らずに生きる」という選択肢が保障されていないのかということです。

「買う側も処罰する」という見出しだけを見れば、大きく制度が変わるように感じます。

でも、必要なのは「両方を罰する」ことではありません。

買う側や性売買から利益を得る側の責任を問い、売る側の女性を処罰の対象から外す。そして、性売買から離れたいときに離れられるよう、住まい、生活、医療、教育、就労などの権利を保障することです。

「一歩前進」と評価するだけでは、見えなくなってしまうものがあります。

売春防止法だけを見直せば済む問題でもありません。風営法を含め、性売買を成り立たせている法制度全体を同時に見直す必要があります。

現在の制度では、店舗型・無店舗型を問わず、事業者を介して行われる性的な行為の多くが「性風俗関連特殊営業」として位置づけられ、性的な行為が「サービス」として提供され、そこから事業者が利益を得る仕組みが存在しています。

路上でも風俗店でも、対価を払って性的な行為を求めるという性売買が行われているにもかかわらず、検討会ではその現状を正面から捉えることはなく、むしろ買春処罰を導入した場合に風俗産業へ与える影響が懸念されました。一方、個人間で行われる性売買については、成人同士の「私的な領域」の問題として扱われ、刑罰が介入することへの懸念が、買春処罰に慎重な理由として語られました。

風俗店の中では「サービス」や「営業」の問題とされ、個人間では「プライバシー」の問題とされ、買春処罰に消極的な理由として語られる。そして、そのどちらでも、売られる人の側から性売買を捉える視点が抜け落ちています。

これでは、場所や売られ方によって呼び方や規制の仕方を変えているだけで、お金を払って他者を性的に利用することを社会としてどう考えるのか、そこから利益を得る産業をどう考えるのか、そしてそのなかで売られる人の人権をどう保障するのかという根本的な問いには答えていません。

売春防止法だけを部分的に変えるのではなく、風営法も含め、性売買を「風紀」や「営業」の問題として扱ってきた法制度そのものを、売られる人の人権と尊厳を中心に据えて組み直す必要があります。

買春する側の「勧誘」を新たに処罰する。それだけでは、女性たちの現実は変わりません。

売る側を処罰するのではなく、買う側や性売買から利益を得る側の責任を問い、性売買をしなくても生きていける権利を保障する。そこまで踏み込んで初めて、女性たちの現実を変えるための法改正になります。

「一歩前進」で終わらせず、誰が処罰され、誰が利益を得て、誰が守られる制度なのかを、これからも問い続けていきます。

この件について、取材を受けました。

若年の女性を支援する一般社団法人「Colabo」代表の仁藤夢乃さんは、買う側への処罰を求めてきた。「買う側の責任や売る側への支援が正面から議論されたことは前進だが、報告書案の方向性では根本的な問題は解消しない」と話す。

 最も問題視するのは、売る側の勧誘行為を罰する仕組みを残したまま、支援につなげる必要性を指摘している点だ。これでは「処罰される恐れから警察や行政への被害申告をためらわせ、結果として支援へのアクセスを妨げる現行制度の矛盾が温存されてしまう」と言う。

 検討会の中でも、性暴力被害者のトラウマに詳しい心理学者が「様々な背景から性を売らざるを得ない状況に陥った方が多いことを考えると、刑事罰を科す必要があるのか」と疑問を呈し、売る側への非処罰を支持した。

 ただ刑事法学者らは、社会の風紀を乱し、公衆に迷惑を及ぼす行為を取り締まるという勧誘等罪の考え方を踏まえると、売る側だけを処罰対象から除くのは難しいなどと指摘。売る側への処罰を維持する方向となった。

 仁藤さんは今回の見直しにあたり、「買う側を罰すると同時に売る側は非処罰として、性売買の権力構造を逆転させる必要がある」と提起。社会の風紀や公衆への迷惑を重視する法律の考え方を見直し、買われる側の「尊厳や人権」を守る法律として位置づけ直すよう求めてきた。

 しかし、現行法の目的を維持したまま見直す方向となったことで、「買う側にも同じように刑罰を科せば公平だという『両成敗』の発想に終始している」と語る。

「売る側」の罰則維持 懸念も 売春防止法報告書案 女性支援団体や研究者ら「権力構造 逆転させる必要」(2026年8月25日 朝日新聞)

女性支援団体などは「路上の景観さえ良くなればいいのか。性売買は迷惑行為ではなく、人権問題として捉えるべきだ」と主張。

売買春「買う側に処罰」有識者報告書案 勧誘行為対象に「女性の人権問題として捉えて」(2026年8月25日 東京新聞)

取りまとめ報告書案には、性売買が金銭で他人の身体を性的に利用する行為であり、「買われる側」の尊厳・人権の侵害であるとの視点がありません。「買う行為」の処罰導入の見送りをはじめ、性売買経験当事者の訴えを聞かず、国が性売買を容認したも同然の内容です。

 性を売る状況にある女性を警察が「支援につなぐ」としていますが、自分が処罰対象のままで、どうして警察を信頼できますか。

 「買う側」を処罰すると性売買が地下に潜るとしていますが、性売買が性風俗店やホテルの密室で違法に行われている現実を無視した議論です。 

 この検討会で終わらせることはできません。女性の性を商品にして性産業は利益を上げています。ジェンダー不平等や貧困、虐待、DVを背景に「性を売るしか選択の余地がない」状態に置かれた女性たちがいます。実態調査と「性を売らなくてもいい生活保障」を踏まえた人権保護の法改正こそ必要です。

「買春処罰」見送りへ 性売買規制検討会 被害者訴えに背 国が容認も同然(2026年8月25日 しんぶん赤旗)

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