デモの現場で女性を「わからせ」ようとするおじさん
昨日、元大阪地検検事正の北川氏からの性被害を訴えている女性検事・ひかりさん(仮名)に連帯するスタンディングに参加し、その様子を以下にまとめた。
記事の中で、『持論や文句をいいにくるおじさん』がいたことをさらっと書いたが、私が目撃した以外にもマンスプ暴力おじさんがいたようだ。
スタンディングを呼びかけた方の投稿によると、撮影を控えてほしいと伝えた方に対して、怒鳴ったり、暴言吐いたりした人がいたという。

ただ、今回は性被害に関するとてもセンシティブなアクションでもあったので、たとえ撮影OKエリアであっても、撮影は控えてほしいとお伝えした方がいました。
しかし、その後その方がかなり強い口調で怒鳴られたり、
さらに、その人物が昔からデモに参加されているからとして、別の人が「敵に回さない方がいい」「人数も数えてくれているんだから感謝した方がいい」と言ってきたという。
なんで、そんな人に感謝しないといけないんだ!感謝の強要はやめろ。
感謝されるために、頼まれてもいないことをするな。
今回の抗議を呼びかけてくれたことに感謝するのは、参加者の私たちの方ではないか。
デモに慣れていない市民が、勇気を出して呼びかけた抗議。これまでの経験からできることがあるなら自分から率先して手伝えばいいし、お礼や感謝を要求するのはおかしい。それを偉そうに、なんだ!
力になりたいのであれば、主催者と関係性を作り、意向を聞いてやる必要がある。それをしないで自分の主張を聞けと暴れるのは、暴力だし、相手を見てやっているのだろう。
特に、若い女性が相手のときに、よくみられる。
文句があるなら自分でやれ。自分の思い通りになると思うな。
現場で対応してわからせおじさんに対応してくださった方の投稿。

こういうジジイは最近私に対しては、昔ほどにはやってこない。私が誰だかわかっているからだ。(わかっていないジジイは普通にやってくる。けどデモとかにきている人はColaboを知っていることも多い)
相手を選んでやっている。特に若い女性を狙うので、目撃した年上の女性や男性は、自分たちが前に出て行って、わからせおじさんに対峙し、「あなたがおかしい」というべきだ。
おじさんに必死に対応してくれた女性に対して「ああいう言い方するとキレちゃうから、もっと違ういい方しないと」と言った人がいたそうだが、こんなジジイの機嫌を損ねないように対応するなんて無理だ。ジジイは「俺のいうことを聞け!」とわめいているのだから。はっきりNOを突きつけるべきだ。
撮影OKエリアであったとしても、この人には撮られなくない、ということもありえる。
私は20代前半の頃、運動界隈によくいるおじさんに講演や抗議中の写真を撮られて、わざわざ私の講演にそのおじさんが来て、写真を何枚もプレゼントされれるという気持ち悪い思いをしたこともある。そういう経験をしているのは私だけではない。声を上げる女性の多くが経験をしている。
声を上げる女性をアイドルのように持ち上げるのもミソジニーだ。女性の写真を集めているおじさんもいる。
若い女たちは、怒っているときも、権力に抗っているときも、その姿を美しいもの等として、消費される。
日本では、人権に声を上げるとき、特に女性が顔を出して声を上げることができないのは、社会が安全ではないからだ。
デモに来ている女性に付きまとったり、同じ電車に乗ろうとするおじさんや、「家が近いね」などと話しかけてくるおじさんもいるので、帰り道も女性たちは気をつける必要がある。私は15年以上前にはじめてそれを経験した。当時21歳くらいだった。それで、自衛の方法を身に着けた。おかしい。若い女性の背負わされる負担が大きすぎる。
先月、小学生の女の子と一緒に池袋駅前のペンライト集会に立ち寄ったときには、複数のおじさんが「偉いなあ」といいながら、その子の頭をなでようとした。知らないおじさんに触られそうになったその子は、体を硬直させ、ビクッとしていた。気持ち悪すぎる。勝手に触るな。
昨日のスタンディングの呼びかけ人の方の一人は、暴言を吐いた参加者を「応援の気持ちで動画撮影・配信をされている方」と表現しているけど、「応援」の顔をして自分の要求を突き通そうとしたり、女に話を聞かせようとしたり、いうことを聞かせようとするおじさんは、運動界隈にもたくさんいる。
「そんな人からの応援はいらない」と、Colaboは明確に声を上げ続けてきた。
そういう人はまず、自身の加害者性に向き合うべきであり、それなくして、若い女たちに無自覚な加害者性を振りまくことは、少女や女性の安全を脅かすことだからだ。
無自覚なおじさんに、指摘をしてあげることも大変だ。怖いし、労力がいる。精神的な負担も大きく、疲弊する。それでも、指摘しないと変わってもらえないし、そこで暴力を振りまくから指摘するが、それを受け止められず、暴言を吐いたり、自分が勘違いされた被害者であるかのように、応援していた相手に裏切られたかのように振る舞うおじさんを、数えきれないほど見てきた。
そして、そういうおじさんたちの顔色をうかがい、黙るしかなかった女性たちも見てきた。だけど、黙っていては、変わらない。恐れずに声を上げる必要がある。
誰かの権利を踏み躙ったり、安全が脅かされることに対して「敵に回さない方がいい」など声を封じるのは、二次加害だ。
集まった市民は、運動のために声を上げているのではない。
人権のために声を上げている。
人権保障を叫ぶ場で、性被害者に連帯する場でそのような暴力的な言動がなされることは、残念ながらよくあることだ。あってはいけないことなのに。それを指摘されて機嫌を損ねるおじさんに気を遣う必要はない。新しい運動をつくっていけばいい。
怖い思いをした側が抗議に来ることができなくなってしまうということも、これまでも繰り返されてきた。
私は、残念なことに、そういうおじさんの対応にすごく慣れている。さんざん出会ってきたからだ。自分で対処しなければならない状況に立たされ続けてきたからだ。
今度、もし私が参加する場でそういうことがあったら一緒に対応したい。本来の抗議とは違うところで気を遣わなければならないことにうんざりだが、加害をしにくい雰囲気を一緒に作っていきたい。
女性を「わからせ」ようとする男たちについて、『Colabo攻撃-暴走するネット社会とミソジニー』(地平社)にも書いた。
SNSに私について、「これほど「わからせたい」女ってそうそういない」と投稿した男がいた。「わからせ」とは、相手を徹底的に追い込み、格の違いをその身に叩き込む。生意気な女子供に身の程をわきまえさせるという意味で使われる言葉だ。
この言葉は「エロゲー」と呼ばれる、少女や女性を性的に攻略し、屈服させることを遊びとして行うゲームでも良く使われる。そうした人たちがよく使用するサイトでは「わからせ」はゲームで格付けのため、挑発・死体蹴りなどを行い相手を精神的に叩きのめすこと。自分をなめている相手を性的に凌辱すること。さらに、自分を舐めている人物を性的に凌辱し、それまでの価値観をアップデートさせることと説明されている。
「価値観をアップデート」とは、レイプされた女性が、性的快楽に目覚めるストーリーのことだろう。ColaboパロディAVも、まさにそのストーリーだった。
「わからせる」という言葉は「メスガキ」という言葉と一緒に使われることが多くある。メスガキは、男性に対して生意気な態度を取る幼女のことを指し、自分との力の差を知らしめるため少女に性的屈辱を与えて「わからせ」て屈服させるというストーリーが男性たちに好まれている。
AVにおけるパロディも、私に対する業者からの「わからせ」だったのだろうし、Colabo攻撃そのものが、モノ言う女への「わからせ」だったのだろう。
「わからせ」ようとふるまう男性が、日常のなかに多いことは、この日本社会の男社会における男たちの息苦しさを表しており、それ以上に女性やマイノリティが生きづらい社会であることを示している。

こうした行動をとるのはおじさんだけではない。
安保法制などに反対したSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)等の内部でも、深刻な女性差別が告発されている。しかし、運動内部では男性たちの力が大きく、まともに取り扱われなかった。
学生たちの運動に協力していた「人権派」弁護士が「彼女には内緒な」と言って、男子学生を風俗店に連れて行ったこともある。
そのことについては、『週刊金曜日』2026年03月06日号の田中優子さんとの対談でも触れた。
仁藤夢乃さんと田中優子さんの対談は盛り上がって予定時間を超えた。掲載できたのは全体の7分の1程度だがそれでも内容は濃い。理不尽な攻撃を受けながらも決して潰されず、権力・権威におもねらない仁藤さんに敬服する。
地方で講演すると、質問タイムに挙手して「女性差別のつもりはない」などと反論する男性がよくいるのだとか。その時は「質問したい人がいるのに、なぜ一番に手を挙げて私にそういうことを言いたくなってしまうのか、そのことに向き合っていただきたい」とぴしゃり。そうすると、その男性と一緒に活動している女性たちが後でトイレに集まり「言ってくれてありがとう」と盛り上がるそうだ。「わからないおじさんに理解させようとは思っていない。でも地方は特に男尊女卑が残っているから、大変な思いをしている女性たちのエンパワメントのために言う」と仁藤さん。格好よすぎる~。
田中さんも「女子トイレに集まるの、よくあるよね。某番組の後も、えらそうな△△のことで......」と体験談。女性たちはこうして話すことで心の浄化をはかるのだ。
世代を超えたお二人の連帯を見ていて、長谷川時雨の名言「女が女の味方をしないでどうしますか」を思い出した。(宮本有紀)

この雑誌と『Colabo攻撃』は、5/3の憲法集会の女性人権センター建設プロジェクトのブースでも販売します。
最近、長く続いてきた反戦や護憲のデモに対して「ダサい」「これじゃない」というような文句をつける投稿も目にすることが増えたが、これもいつものことだ。運動が盛り上がりを見せるとき、こういう人は必ずいる。嫌なら自分でつくればいい。責任をもってやればいい。これまで長年声を上げ続けてきた、戦争を経験した世代を含む人たちをバカにして自分を上に見せようとするのがあほらしい。そういうイキった男の投稿を目にした時、「声を上げている自分のことをイケてると思っている奴こそダサいぞ」と心の中で、いや、口にも出してスマホ越しに言い返している。
Colaboを立ち上げた時も、何人ものNPOのおじさんが「教えてあげる」と近づいてきた。女たちが、そういう人にヘコヘコニコニコしなくていいように、『女性人権センター』では若手活動家の活動拠点も作りたいと考えている。
私も活動を始めた時に、リベラル系の、NPO関係の教えたがりのジジイがいっぱい寄って来たんですよ。その人たちも善意で寄ってくるから無下にもできなくて、私もニコニコしたりヘコヘコしたりしちゃっていたんですね。若い女性たちがそういう思いをしなくていいようにしたい。
現在、Colaboでは、女性差別に抗う女たちの活動拠点『女性人権センター』を市民の手で建設するため、10億円の寄付を呼びかけています。活動の応援もよろしくお願いします。
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