名前のない女性として扱われること――反省できないリベラルの問題1
5月19日、国会前で反戦・護憲を訴える集会に参加した。
友人の石嶺香織さんが宮古島から駆けつけ、スピーチされると知って、国会前で彼女の到着を待った。
先島諸島で声を上げる人たちの孤独
国会前に到着した石嶺さんは、泣いていた。「こんなにたくさんの人が同じ想いだと思うと泣けてくる。普段、島では声を上げても集まる人数も少ないし、孤独だから」と。
沖縄に、先島諸島に暮らすみなさんに孤独な思いをさせ続けているのは私たちでもある。

石嶺香織さんと再会の直後
宮古島や石垣市などでは、自衛隊配備の強化、日米共同訓練の増加、ミサイル基地化、港湾・空港の軍民利用と、「有事」の際の島外避難計画の整備が進められている。
避難計画と軍事化が一体化して進められているのだ。
避難が必要な「有事」にならないよう、戦争を回避する政治こそ必要だが、「島外避難計画」は沖縄が戦場になる前提かのようだ。
石嶺さんのスピーチをぜひ多くの人に聴いてほしい。

この日のデモでも突き付けられた「リベラル」の反省できなさ
前回の記事で、リベラル界にもいる「わからせおじさん」「わからせおばさん」について、菱山南帆子さんとの対談を紹介したが、この日のデモでも、「美しい人が前に出たほうがいいから」と私に言ってきたり、私やスピーチをした石嶺さんに持論を聞かせるおじさんが次々と現れた。
そしてデモの後にも、「自民党を変える」「社会を変える」以前に、「リベラルを変える」という大きな壁が立ちはだかることを実感することとなった。
デモの翌日の深夜、石嶺さんからの連絡で、石嶺さんのスピーチの書き起こしが「宮古島から参加した女性」の発言としてSNSで拡散されていることを知った。Xでは一万人以上にリツーイトされていた。
スピーチは、国が進める「島外避難」という名前での強制疎開に関するもので、たくさんの方に知ってもらいたいことではある。しかし、石嶺さんの名前を書かずに「宮古島から参加した女性」という情報だけで、拡散されやすくするためなのか(長い動画は拡散されにくい)、石嶺さんのスピーチ動画ではなく短いコールの映像が添付されていた。
顔と名前を出して発言しているんだから、せめて名前は書いて欲しかったという石嶺さんから、多くの人にスピーチを聞いてもらうために、私が投稿したこの石嶺さんのスピーチ動画のツイートを、「名無し」で拡散されている投稿にリプライしてほしいと頼まれた。(石嶺さんのXが使用できない状況にあるため。FBやインスタでは、ご自身で投稿されている。)

宮古島から駆けつけた石嶺香織さん @kaori_ishimine のスピーチ。ぜひ聴いてください。
宮古島や石垣市などでは、自衛隊配備の強化、日米共同訓練の増加、ミサイル基地化、港湾・空港の軍民利用と、「有事」の際の島外避難計画の整備が進められています。
「島の女性」扱いは差別
石嶺さんは、「宮古島の女性」と書かれたことについて「東京の女性」にはそんなことは言わないこと。つまり、それは差別であることを指摘し、名前のない存在にされたことへの憤りを表明していた。確かに私も「東京の女性」と紹介されたことはない。島の女性だからそう扱って良いのなら差別だ。「中央」の都合でさまざまな権利を奪われてきた沖縄の「島の女性」が、そこにある差別に抗議するのは当然の権利だ。本来、当事者以外の人たちが気づいて言わないといけないことだった。