「謝罪」を使った自己保身――反省できないリベラルの問題2

問題を指摘された人が「謝罪」を通して自らを被害者のように演出し、「やりすぎだ」「怖い」と声を上げた女性への口封じが広がっていく。リベラルや人権運動の場でも繰り返される、加害者の自己保身と、それに加担する二次加害について言葉にしました。「悪意はなかった」「そこまで言わなくても」という言葉によって、どのように問題が矮小化され、反省が止められていくのか。国会前集会をめぐって起きた出来事を通して考えます。
仁藤夢乃 2026.05.28
読者限定

「謝罪」で埋め尽くされたタイムライン

前回、反省できないリベラルの問題について書いた。

この後、問題を指摘された井上氏が、石嶺さんを名前のない存在として扱った投稿の拡散者に

この記事は無料で続きを読めます

続きは、6975文字あります。

すでに登録された方はこちら

誰でも
買春処罰だけでは足りない――売る側の非処罰と脱性売買支援を求めて
読者限定
名前のない女性として扱われること――反省できないリベラルの問題1
誰でも
リベラル界にもいる「わからせおじさん」「わからせおばさん」-菱山南帆子...
読者限定
言えないことがたくさんある、だけど言わなくちゃ
読者限定
『推し』や『推し活』の危うさ――誰かを「応援」することで満足しないため...
読者限定
野放しにされる性売買の斡旋スカウト―ー被害を防ごうとしない大人たち
誰でも
雨の歌舞伎町で見た少女たちへの加害と介入
誰でも
母の日にお母さんに感謝できなくたっていい-「家族の一体感」に隠された差...