「私たちの存在は、お互いの勇気になった」――日韓・性売買経験当事者の2泊3日
7月8日から10日までの2泊3日を振り返ると、何から書き始めればいいのかわからない。
「2026 日韓性売買経験当事者ネットワーク合同ワークショップ」は、ため息と涙、笑い、慰め、癒やし――どれか一つの言葉だけでは表せない時間だった。
韓国と日本の性売買経験当事者が初めて一堂に会し、それぞれの人生を語り合い、連帯した最初の合同ワークショップだったからだ。
豪雨で道路が冠水するほどの雨が降る中、私たちは出会った。
再会を喜ぶ気持ちとは裏腹に、雨で濡れた体や慣れない空気はいまも鮮明に覚えている。
宿泊先と離れたセミナー会場まで何度も車で移動しながら、7月の韓国の雨季を全身で感じた。
豪雨のなかでワークショップを開くのは初めてだったので、緊張と戸惑いの連続だった。
会場に着くと、騒がしい雰囲気のなかでも「ピー」というマイクの起動音に自然と全員が集中した。
お互いのニックネームを覚えるため、韓国語と日本語で書かれた名札を作り、翻訳アプリを使ってそれぞれのニックネームを書き込んだ。
日本の性売買経験当事者ネットワーク「灯火」と、韓国の「ムンチ」の参加者たちは前に出て、自分自身と所属する自助グループを紹介した。
高鳴る気持ちと緊張、笑顔を交わしながら送られた温かい拍手が、初対面のぎこちなさを少しずつほどいてくれた。
続いて行われた発表は、韓国と日本の性搾取の実態についてだった。
両国とも、買春者や関係者は姿を隠し、あたかも女性が「自分の意思で」性売買をしているかのように見せている。
それは、性搾取が成り立つような社会構造をつくり上げたうえで、女性が自ら選択したかのように見せるシステムが社会全体に浸透しているからだ。そのため、その構造を見抜くことは容易ではない。しかし、私たち自身がその仕組みに惑わされてはならないと強く感じた。
韓国の性搾取の実態についての発表が終わると、続いて日本の性搾取の実態についての発表が行われた。
しかし、韓国の話なのか日本の話なのか区別がつかないほど、両国の現実はよく似ていた。
十分な支援や居場所がなく、橋の下で眠らなければならなかったこと。街をさまよっていたとき、最初に声をかけてきたのは業者や買春者だったこと。その話は、私たち自身の経験ともあまりにも重なっていた。
韓国でも日本でも、性売買を経験した女性に向けられる偏見は根深い。
「性を売る女なんだろ」
「どうしてそんな仕事をするの?やめればいいじゃない」
「○○まではしてくれる?」
そんな言葉を浴びせ、金を持つことを権力だと思い込み、女性を思いのままに扱おうとする男性たち。そして、その結果を女性だけが背負わされる現実も、何ひとつ変わらなかった。
買春者向けレビューサイトについての発表もあった。
前の発表でも語られていたように、男性たちはオンライン上で容易に集団をつくり、「性を買うこと」を当然のものとして考えるようになる。そして、そのなかでは罪悪感がほとんど存在しない。
その構造が韓国でも日本でも変わらず続いていることを改めて確認した。
発表を聞いているあいだ中、胸が痛かった。
真剣な表情で話す日本の当事者の姿を見ていると、さらに胸が締めつけられた。
何度も涙が込み上げ、そのたびに私は、その場に集まった一人ひとりの顔を見つめた。
しばらくすると、不思議なことに、自分自身へ向いていた悲しみは、社会の構造そのものへの怒りへと変わり、心は静かに落ち着いていった。
私は、この場所にいる人たち――自分自身も含めて――を守りたいと思った。自分には背負いきれないほど大きな願いだったかもしれない。
そう思ったのは、性売買を経験した女性たちが、自分自身を「人生を壊した人間」だと思い込み、罪悪感を抱えたまま生きなくてもいいようにしたいという思いがあったからだ。そして、私たちに向けられる憎悪や非難の言葉に、もう振り回されなくていい社会になってほしいと願ったからだ。
私は、性売買の現実やその構造について、これからも問い続けなければならないと思った。
買春者は私たちに何を求めていたのか。
業者はなぜ、まだ幼かった私にあれほど親切だったのか。
私は本当に何かを「選ぶ」ことができていたのか。
私は何を得て、何を失ったのか。
あの頃の私に本当に必要だったものは何だったのか。
そうした問いを、互いに語り合い、言葉にしていくことが必要なのではないだろうか。
その日の夜、私たちは一緒にサムギョプサルを焼いて食べながら語り合った。
おいしい包み方を教えてもらい、初めてソジュも飲んだ。
どうして韓国に来ることになったのか、韓国でぜひ食べてみたかった料理は何か――そんな何気ない話をしながら、少しずつ距離が縮まっていった。
宿に戻ると、リビングに集まり、それぞれが持ち寄ったお菓子を広げ、その日の出来事を振り返りながら、ささやかな感想を語り合った。
参加者の声
初めてのワークショップだったけれど、今日のことはきっとずっと忘れないと思う。
日本と継続的に話し合い、支え合ってきた積み重ねの先に、今日こうした場が実現したことが本当にうれしい。この熱い連帯がこれからも続いてほしい。
日本で反性売買の活動をすることは孤独で苦しい。でも韓国のことを思うと、「一人じゃない」と感じられる。
皆さん一人ひとりの存在が、日本の当事者たちの力になっている。
言葉は通じなくても、目を見れば、お互いが支え合っていることが伝わってくる。
3年前に一度活動を離れたけれど、また戻ってきた。皆さんなら私の気持ちをわかってくれると思う。性売買から抜け出すことが簡単ではないことも、日本の現状を思って悲しみや怒りを感じていることも。その思いを共有してくれてありがとう。とても心強かった。
性売買をしなくても生きていける社会をつくりたい。
性売買の本質は韓国も日本も同じだと思う。社会が語ってくれないのなら、私たち同士で語り続けていきたい。
弱い立場の人が商品にされていく過程を知り、とても衝撃を受けた。
日本でも反性売買運動がもっと根付いてほしい。
韓国と日本は本当によく似ている。
私たちはずっと求めてきた「安心できるまなざし」と「支え合える眼差し」を、お互いに交わした。
そうして、私たちが長く願ってきた、ごく当たり前の一日が終わった。
2日目に続いて行われたテーマは、韓国と日本における性売買経験当事者運動の歩みについてだった。
当事者たちはどのようにして初めて集まり、同じ方向を目指しながら道を切り開いてきたのか。そして、いま抱えている課題は何なのかについて語られた。
さらに、韓国と日本の性売買経験当事者たちが、それぞれどのような立場で、どのような暴力を経験してきたのかについても詳しく話を聞くことができた。
その日、私は「韓国と日本の私たちが同じ場所に集まり、お互いの顔を見つめながら笑い、泣いている」という事実が、まだ夢のようで現実味がなかった。
それぞれ異なる人生を歩んできたけれど、結局は同じ問題と同じ苦しみを抱え、この場所で出会っている。そのことが胸に迫ってきた。
それでも、性売買や性搾取について本来もっと真剣に考え、反省すべき人たちは、何事もなかったかのように無関心で生きているように思えた。
一方で私たちは、自分たちの経験を何度も振り返りながら、
* 買春者はなぜあのように行動したのか
* 性搾取の構造はどのように機能しているのか
を理解しようと努力し続けていた。
暴力を経験した当事者でありながら、自分自身の経験をゆがめることなく、できる限り冷静に見つめ直そうとしている姿に、私は複雑な思いで胸がいっぱいになった。
昼食後、私たちが最も楽しみにしていた時間の一つ、「性売買経験当事者によるストーリーテリング(当事者セッション)」が始まった。
韓国と日本、計6人の当事者が前に座り、円になって座った私たちは、その一人ひとりの声に耳を傾けた。
あの日の感動や悲しみ、言葉では言い尽くせない感情をすべて文章にすることはできない。
しかし私が強く感じたのは、性売買を離れたあと、自分自身の経験を自分で意味づけ、理解していくことがどれほど苦しく困難な過程なのかということだった。
いまだ整理しきれない現実や過去の記憶は、それぞれ異なる形で私たちにつきまとい、苦しめ続けている。
私は涙があふれると同時に、強い怒りも込み上げてきた。
なぜ私たちは、このような痛みを抱えて生きなければならないのだろうか。
社会的な権威を持つ人たちでさえ、「性売買をしている女性には主体性や自発性がある」と自信を持って語る。
本当に彼らの語ることが正しいのだろうか。それとも、私たちの語る現実こそが真実なのだろうか。
性売買を経験した女性の主体性や自発性だけを切り離して語ることはできるのだろうか。
仮にそうした要素があったとしても、暴力や搾取の構造、人間の尊厳が傷つけられる現実を切り離したまま、それだけで説明することなどできるのだろうか。
私は今でも、そのことに疑問を抱いている。
業者はグルーミングによって一人の女性の人生を支配し、「自分を理解してくれる唯一の存在」だと思わせる。
幼いことも、年齢を重ねたことも、太っていることも、障害があることも、その人のあらゆる条件が「サービスのオプション」とされ、搾取の対象にされてしまう。
そのような現実の中で、「主体的な性売買(性搾取)」という言葉は本当に成り立つのだろうか。
当事者たちの話を聞きながら、私は何度も考えさせられた。
当事者たちの話は、そのまま私自身の物語でもあった。
励ましの言葉をかけながら一緒に泣き、ともに怒った。
数日経った今でも、心に深く残っている日本の当事者の言葉がある。
「生きていてもいい存在になりたかった。」
その言葉を聞いた瞬間、性売買を離れたあと、誰かに自分の名前を呼ばれることさえ居心地悪く感じていた頃のことを思い出した。
戸惑いながらも、「私はここに生きていていい」と初めて実感できたあの瞬間がよみがえった。
私は知っている。
私たちは、そのままの私たちで、生きていていい存在だということを。
そして私たちは、性売買の現場でも、社会の偏見の中でも死ぬことなく、生き抜いて、こうしてここで出会うことができた。
ある人は、
「同じ経験や悩みを持つ人たちが集まると、苦しみまで倍になるのではないか」
と思うかもしれない。
けれど私がこの場で実感したのは、同じ経験を持つ人とつながることは、お互いに生きる勇気を渡し合うことなのだということだった。
私はそのことを、キシングラミ(韓国・太田の自助グループ)、ムンチ(韓国全土の性売買経験当事者ネットワーク)、そして灯火(日本の性売買経験当事者ネットワーク)との出会いを通して、誰よりもよく知ることができた。
続いて行われたグループディスカッションは、一つの大きな「当事者の語りの場」のようだった。
これこそ私たちが言う「信頼」ではないだろうか。
言葉だけではなく、眼差しや心で互いを支え合うとはどういうことなのかを、十分に感じられる時間だった。
同じグループに入った通訳者は、私たちにこう話してくれた。
「人生の中で、こんなにも正直でいられる共同体や人間関係はあるのでしょうか。正直、とても羨ましいと思いました。」
その言葉を聞いたとき、私もまた、この人たちと一緒にいると、心と心がつながっていることを改めて感じた。
振り返りの時間
最後の振り返りの時間では、私たちは2日間をともに過ごし、一人ひとりの話に耳を傾けたことを思い返した。
日本から来た当事者が「食べてみたい」と話していた韓国の鶏足(タッパル)を一緒に食べた。
腕相撲をしようという提案が出ると、いつの間にか日韓対抗戦になり、みんなで笑いながら応援した。
初めて使う翻訳アプリを何度も操作しながら、何とかして自分の気持ちを伝えようとした。
そうして笑い声は夜遅くまで絶えることがなかった。
ムンチと灯火がともに過ごした2泊3日。
泣きすぎて「目がなくなっちゃうんじゃない?」という冗談にまで笑ってしまった。
ワークショップを終えて家へ帰ると、友人が
「出張、お疲れさま。どうだった?」
と声をかけてくれた。
その一言だけで、私は涙があふれて止まらなかった。
翌日も、その翌日も、この時間を記録しようと文章を書き始めるたびに涙がこぼれた。
それは、お互いの人生を抱きしめ合うような連帯であり、姉妹のようなつながりだったからだ。
私たちの2泊3日は、豪雨さえも止められないほど力強いものだった。
一人ひとりの光がお互いを照らし合い、最後には「私たち」になった。
当事者ストーリーテリングに参加した人たちの感想
当事者ストーリーテリングは、一緒に泣き、一緒に怒り、一緒に分かち合う時間だった。
今日、当事者の話を聞き、語り合う中で勇気をもらい、私も自分の話ができた。少しずつ勇気を取り戻している気がする。
話を聞き、お互いを慰め合う特別な時間をつくってくれてありがとう。「私は一人じゃない」と思わせてくれてありがとう。温かく抱きしめてくれてありがとう。
隠してしまいたかった記憶に苦しんできたけれど、ようやく少し手放すことができた気がする。
当事者たちの声
他人の痛みや欠乏、疲れを理解するということは、自分自身の欠乏も見つめ直すことだと思う。だから私も涙を流すことができた。「私も泣ける人なんだ」と感じられてよかった。
欠乏の続く人生の中で、自助グループがあったからこそムンチが生まれた。ムンチは誰かを生かす、本当に素晴らしい活動だと思う。
あってはならないことだけれど、もし法律が改善されれば、女性たちが死を考える社会ではなく、誰かが生き続けられる社会になると思う。
小さな発表会が始まった。失敗した人は失敗の話をする。でも私たちは生き抜いてきた人だからこそ、昨日の自分に勝ち、過去と向き合う時間になった。
昨日までのぎこちなさはなくなり、今日は話を聞きながら「苦しかったのは私だけじゃなかった」と思えた。グループでも笑いながら話ができ、共感が生まれたことがうれしかった。
ワークショップに来るたびに力をもらい、自尊感情も高まる。また一年頑張れる力を得た。
「ムンチ」という名前だけで初対面だった人とも十分に共感し、語り合うことができた。育ってきた環境や経験の形は違っても、感じていることは同じだった。
また一年、生きていける力が湧いてきた。
ストーリーテリングは、ムンチで初めて開かれたトークコンサートを思い出させた。涙が出そうで、お互い目を合わせないようにしていた。
灯火とムンチの合同トークコンサートのようだった。沈黙の時間さえ支え合い、待ち合っていた。
グループトークがどう進むか心配していたけれど、最後はただ涙だった。本当に感動する時間だった。
とくにムンチの新しいメンバーたちは本当に素晴らしかった。ムンチではよく「灯火とムンチがお互いの支えになれたらいいね」と話している。
私の人生に、こんなにも特別な日があるなんて思わなかった。日本の仲間たちの心が、これ以上傷つかないことを願っている。
ムンチと自助グループを選んだことは、私にとって大きな幸運であり誇りだと思う。日本でも10年後には、私と同じように考える人たちがきっと生まれているはずだ。
当事者の語りを聞いて共感することが本当に多かった。私の人生も変えられるかもしれないと思えた。性売買を経験した女性たちが、新しい人生を歩めることを願っている。

日韓の性売買経験当事者たちのワークショップで。
これまでの連載
韓国では今、性売買をした女性への処罰規定を削除し、性売買処罰法を改正することを求める運動が全国に広がっています。日本でも売春防止法の見直しが議論される今、韓国の女性たちがなぜ「女性を処罰するな」と訴えているのか、当事者の声を紹介します。
▶︎ 当事者の声①|釜山・ペクチさん
「性売買がなくならない理由は、本当に女性たちのせいなのでしょうか?」
▶︎ 当事者の声②|仁川・ジョシさん
「変えなければならないのは性売買女性ではなく、性搾取を持続させる構造である」
▶︎ 当事者の声③|全北・バラさん
「女性処罰から性搾取構造の変革へ――性売買処罰法の全面改正は、選択ではなく必須である」
▶︎ 当事者の声④|大田・ムムさん
「性売買・性搾取が当たり前の都市を拒否する。ジェンダー平等な大田をつくろう」
▶︎ 当事者の声⑤|済州・マルさん
「20年前の鉄格子は、今『性売買行為者』という法律上の鉄格子に変わった」
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