「つながった私たちは強い」――日韓の性売買経験当事者が、互いの人生を語り、聞いた2日間
ずっと待ち望んでいた時間だった。
韓国の性売買経験当事者ネットワーク「ムンチ」と、日本の当事者団体「灯火」は、2019年に初めて出会って以来、互いを応援しながら連帯を続けてきた。
異なる国に暮らしていても、性搾取を経験した人生の軌跡と、反性売買運動を続けていく上での悩みはよく似ている。日本の当事者たちはいつも「ムンチがいるから力になる」と言ってくれたし、私たちもまた「灯火」がいるからこそ、もう少し力を出して当事者運動を続けてくることができた。
顔を見るだけで慰めになる存在が、この世にどれだけあるだろうか。長い間互いを応援し合ってきた私たちは、いつの間にかそういう存在になっていた。
今年のワークショップは豪雨の中で始まった。決して楽な天気ではなかったが、長い間待ち望んでいた出会いだったので、みな胸を高鳴らせながら会場に集まった。
雨の中を行き来する日程をこなさなければならなかったが、誰一人不満を言うより「ついに会えた」という喜びのほうが大きかった。時間を割いて準備したプログラムは密度が濃く、それだけ私たちは互いの一言一言、表情の一つ一つも見逃すまいと耳を傾けた。
<MK>
今年のムンチのワークショップは、これまでのどの回よりも特別だった。日本の性売買経験当事者団体「灯火」と一緒だという思いに胸を高鳴らせ、期待を抱きながら豪雨をかいくぐって宿舎に到着した。もともとのムンチのメンバーたちと、7月のセミナーで出会った新メンバーたちに再会できて本当にうれしかった。
けれど、うれしい気持ちとは裏腹に、数年ぶりに会う「灯火」のメンバーに先に挨拶をするのは思ったより簡単ではなかった。
「私でさえこんなにぎこちないのだから、灯火のメンバーたちはどれほど不慣れで緊張しているだろうか」
そう思って、わずかに知っている英語や日本語を思い出しながら、まず自分から声をかけてみたりもした。
幸い、ぎこちなさは長くは続かなかった。灯火メンバーたちの自己紹介が始まると、自然と話に引き込まれていった。同時通訳を通して伝わる言葉もあったが、震える声とまなざしには通訳は必要なかった。どれほどこの時間を待ちわびてきたか、どれほど話したいことがあったか、そしてどれほど孤独でつらい時間を過ごしてきたかが、そのまま伝わってきた。彼女たちの話を聞きながら、私は自然と日本の現実を思い浮かべることになった。
日本の話は見知らぬようでいて、見知らぬものではなかった。確かに別の国の話だったが、その中には私たちが生きてきた時間とよく似た姿があった。ある内容は衝撃的で、また別の話はあまりにも身近で、より一層心が痛んだ。異なる話をしているようでいて、結局私たちが直面していたのは同じ構造の暴力だった。
<ジウム>
以前、日本の性売買現場を訪れた活動家の講義で、誰かがこんな質問をしたことがあった。
「なぜそんなに扇情的なものを題材に講義をするのか」と。実のところ、私にはその質問が不思議に思えた。
講義で使われた写真や内容は、日本ではただ街に掲げられた看板の姿であり、韓国でもオンラインを開けば容易に目にする画像だったからだ。
性売買経験当事者である私たちは、彼らの言う「扇情的な場所」で生きてきた。彼らが眉をひそめることで終わる現実ではなく、それよりもはるかに大きな暴力に耐えながら生きてきたというのに。
だから、現場を見ないまま現実を語ることがどれほど無責任なことか、改めて考えさせられた。今回のワークショップは、その現実を灯火と当事者たちの声で確かめる時間でもあった。
<MK>
今回のワークショップでも、日本の性売買業界の実態を聞いて少なからず衝撃を受けた。「サービス」という名で包装されていたが、その中には女性に加えられる極度の暴力が隠されていた。今もそうした現実の中で反性売買運動を続けている灯火を見て、彼女たちがどれほど懸命に踏みとどまっているのかを改めて感じることができた。だからこそ、もっと長く共にありたいという気持ちが湧いた。
ワークショップが深まるにつれ、最初の緊張とぎこちなさは少しずつ薄れていった。同じ経験を生き抜いてきた人たちの前でも、自分の話を切り出すことは簡単ではなかったが、私たちは性売買という経験を通してすでに互いの心の中に居場所を得ていた。
そして、誰もが最も緊張した時間がやってきた。
性売買経験当事者による告発の場! 誰かにとっては初めて自分の経験を語る場であり、誰かにとっては長い間胸の内にしまい込んでいた時間を再び取り出す場だった。話す人も、聞く人も、みな緊張していた。私たちは、話を、経験を差し出してくれる人たちに集中した。
<MK>
今回のワークショップのハイライトは間違いなくこの告発の場だった。目の前に座るムンチと灯火の当事者たちを見ながら、ふとムンチの最初のトークコンサートを思い出した。震える声で自分の話を続けていた発言者を見ながら、私は舞台の下で一緒に震えながら心の中で応援していた。
「つらければ、最後まで話さなくてもいい」
「よくやっている」
「私たちはここにいる」
直接言葉で伝えることはできなかったが、その気持ちをまなざしで伝えたかった。発言者たちは淡々と話を続けようと努めていたが、震える声と涙をこらえていた。その姿を見ながら誰もが息をひそめて話に耳を傾け、私もまた涙をこらえながらその時間を共に耐えた。
韓国の当事者たちに続いて、日本の灯火の当事者たちも順番に自分の話を切り出した。彼女たちの声には、毅然とした強さと落ち着きが同時に込められていた。性売買を経験した時間、性売買から離脱した後の暮らし、そして再び性売買に戻らざるを得なかった経験までを伝えてくれた。
その話は見知らぬものではなかった。
私たちもまた、離脱が終わりではないことを知っているからだ。再び性売買に戻らざるを得なかった時間を、誰も責めなかった。むしろ、性売買への流入まで悩んだであろうその時間に共にいてあげられなかったという申し訳なさが先に立った。
発話は一人の勇気だけで成し遂げられるものではない。最後まで話を聞いてくれる人たち、沈黙のままそばに寄り添う人たち、共に涙してくれる人たちがいたからこそ、その時間はようやく完成することができた。話す人と聞く人が共につくった時間だった。
<ジウム>
一ヶ月前のエンパワーメントセミナーで、あるメンバーがこう言った。
「どうして私たちには誰も謝らないのだろう」
その時は「それでも世の中は少しずつ変わっているし、私たちがこうして共に語れるようになったこと自体が、もしかしたら謝罪の始まりなのかもしれない」と思って聞き流していたのだが、その言葉は一ヶ月経ってもずっと記憶の中に残っていた。ところが今回のワークショップで、また別のメンバーがこう言った。
「今回のワークショップで、十分に謝罪を受けたような気がする」
その言葉を聞いた瞬間、胸がいっぱいになった。おそらく、告発の場で自分の人生を差し出した当事者たち、自分の人生をありのままに受け入れて最後まで聞いてくれる人たち、そしてそばで連帯の気持ちを伝えてくれた反性売買活動家たちがいたからだろう。
ムンチを代表して、二人の当事者が自分の話を分かち合ってくれた。淡々と話そうと努めながら声を押し殺し、涙をこらえる姿を見ながら、誰もが静かにその時間を共にした。
私はその行間で、声を殺して泣いた。
ある発言者が「あの時の私が不憫で、いたわしくて…」と言った時、今の私があの時の彼女に会って「もう一人じゃない、そばにこんなにたくさんの仲間がいる」と言ってあげたかった。
その日、舞台に立ったのは六人だったが、実のところその場にいた私たち全員が、心の中で共に舞台に立っていた。誰かは自分の経験を語り、誰かはついに語れなかった話を心の中で取り出した。そして私たちは再び確認した。語ることは一人でするものではなく、共に生きていくための連帯の始まりだということを。
告発の場が終わった後も、その余韻は消えなかった。涙をぬぐい、互いを抱きしめ合った気持ちは、自然とグループでの分かち合いへとつながっていった。初めて会った人たちが同じグループになったが、少し前に互いの人生を分かち合った者同士だったので、戸惑いよりも共感が先に訪れた。
誰かは慎重に自分の話を切り出し、誰かは言葉なくうなずいた。ある経験はよく似ていて、ある経験は見知らぬものだった。しかし、その中に込められた感情だけは、誰もが理解することができた。
<MK>
告発の場の感情は、グループでの分かち合いにまでつながった。同じ地域の人たちが集まったわけでもなく、ほとんどが初めて会う人たちだったのに、互いの話を聞きながら自然と自分の話を切り出すことになった。初めて会う人たちの前で自分の経験を語るというのは、決して簡単なことではない。それなのに、その時間には不思議と恐れよりも共感が先に立った。
誰も急かさず、誰も判断しなかった。最後まで話を聞き、共に怒り、共に悩み、共に笑いもした。だからこそ、その時間だけは安心して話すことができたのだと思う。「一人じゃない」という言葉が、慰めとしてではなく、実際に感じられる時間だった。
そうしてグループでの分かち合いは、互いの話を聞くだけでなく、互いの人生を共に抱きしめる時間になっていった。
<ジウム>
私はグループの集まりをするたびに、共にした仲間たちとの心の距離が深まるのを感じる。おそらく、一人では最後まで言えなかった話を、「私たち」という名のもとで取り出せるからだと思う。自分の経験を誰かがどう思うか心配しなくてもよい時間だった。
仲間たちが経験を語るたびに、私たちは共に怒った。私自身も話を聞きながら感情がこみ上げてきて、その時間を過ごした私たち全員を抱きしめたいという気持ちになった。
私も以前は、経験を語ることが怖かった。長く活動を続けながらも、これだけは最後まで言えないと思っていた経験があった。ムンチのメンバーたちと車座になって初めてその話を切り出した日のことを、今でも覚えている。みなが共に泣き、その日初めて、ありのままの私として生きてもいいのだという気持ちになった。
その後もしばらくたくさんつらかった。今でも私の経験の一部はたやすく取り出せない。しかし、私が話す時に全身で共に苦しみ、共に耐えてくれる人たちがそばにいることを知っているから、私は語ることをやめない。語ることは傷を再びえぐることではなく、共に生きていくための勇気であるということを、私はムンチを通して学んだ。
グループでの分かち合いが終わった時、私たちはもう初めて会った人たちではなかった。互いの人生をのぞき込んだ者同士であり、だからこそ互いにとって寄りかかれる場所になっていた。
ワークショップ最後の夜、私たちは輪になって座った。発表でも討論でもなく、ただ生きてきた話を分かち合った。離脱後の暮らし、人との関係を結ぶこと、孤独だった時間、これからどう生きていきたいか……。ただ生きてきた時間を取り出し、互いの話に耳を傾ける夜だった。
<MK>
ワークショップが始まった時は、灯火との再会に対して、久しぶりの嬉しさよりもぎこちなさのほうが大きかった。ところが、二日間という時間は本当に不思議だった。共に笑い、共に泣き、共に食事をし、互いの話に耳を傾けているうちに、いつの間にか長年の友人のように感じられた。
灯火のメンバーたちが「もう一人じゃないと思う」と言いながら互いの涙をぬぐってあげる姿を見て、私は知らず知らずのうちにムンチを思い浮かべた。私たちもそうやって互いの涙をぬぐいながら、ここまで歩いてきたではないか。だから灯火も、これから長く互いを支え合いながら共に歩んでいけるだろうと思った。
<ジウム>
連帯の夜には、離脱後の暮らしについての話を分かち合った。家族も友人もいないような気がして、自分がちっぽけに思える時があるという話が出た。その話をしていた一人の女性が、しばらく泣いていた。その姿を見ながら私は、いつも思っていたムンチの意味を改めて思い出した。互いに寄りかかれる場所になれるということ、仲間になり、友人になり、姉になってあげられるということ。その日、私たちはその女性に言った。「必要な時はいつでも私たちを呼んで」。私はあの日以降、その女性に本当に新しい世界が少しでも開けていることを願っている。
そして、日本から来た夢乃さんの言葉も思い出す。「日本では強い人として生きなければならない。でも韓国に来ると、自然と涙が出る」。
その言葉を聞いた瞬間、日本の現実が思い浮かんだ。反性売買運動を支持する人が多くない場所で、崩れないためにいつも強くあらねばならなかった時間。だから私は、せめて今回だけは、夢乃さんと灯火のメンバーたちが思う存分泣き、思う存分話し、ありのままに支えられる時間になればいいと思った。
私たちはみな異なる人生を生きているが、あの夜、私たちは同じ問いを抱えて生きる者たちだった。そしてその問いに、「一人じゃない」という答えを互いに差し出し合っていた。
私たちは、日本の当事者たちの《発話》の始まりを心から祝いたい。自分の経験を分かち合うということは、決して簡単なことではない。私たちは、その「勇気」の中にどれほど多くの恐れとためらいがあるかを、誰よりもよく知っている。だから、彼女たちの発話は日本だけの話ではなく、私たちみなの話だからこそ、拍手を送る。
2019年に出会った私たちが今日再び顔を合わせたように、いつかまた別の姿で再会するだろう。その時はもう少し幸せな顔でありますように。
これからの道が容易ではないことを、私たちは知っている。しかし、国境を越えて互いを記憶し、互いの発話を応援する存在がいるという事実が、互いにとって疲れ果てない力になることを願う。
豪雨の中でも最後までワークショップの準備をしてくれたすべての手、通訳で心をつないでくれた方々、そして自分の経験を勇気と連帯として差し出してくれたムンチと灯火のすべての当事者たちに、感謝の気持ちを伝える。
私たちは、また会うだろう。

これまでの連載
韓国では今、性売買をした女性への処罰規定をなくし、「性売買処罰法」を全面改正することを求める運動が全国に広がっています。日本でも売春防止法の見直しが議論される今、韓国の女性たちがなぜ「女性を処罰するな」と訴えているのか、当事者の声を紹介しています。
日韓・性売買経験当事者の連帯
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